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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)584号 判決 2000年12月27日

名古屋市<以下省略>

控訴人

大起産業株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

愛知県<以下省略>

被控訴人

右訴訟代理人弁護士

織田幸二

加藤了嗣

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2  右取消しにかかる被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要等

事案の概要、争いのない事実及び争点(当事者の主張を含む。)は、次のとおり当審主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」の各該当欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の当審主張

1  特定売買が原則的に不適切な売買形態であるということは、業界で言われていることではないし、監督官庁からも指摘されていない。

チェックシステムは、特定売買が手数料を発生させる売買であることだけに注目したものである。つまり、特定売買自体は合理的な売買手法であるが、特定売買によって委託者が無駄な手数料を負担させられていないか否かをチェックするのがチェックシステムである。しかし、個々の取引だけを見ていたのでは無駄な手数料か否かは判断できない。途転について言えば、値段は常に上げ下げがあり、それを繰り返しながら上昇ないし下降していくのであるから、個々のレベルで見れば途転は常に意味がある。そこで、チェックシステムは商品取引員全体の平均の数字を根拠に無駄な手数料を負担させたか否かを判定しようとしたのである。簡単に言えば、平均的数字から離れているときは無駄な手数料を負担させた疑いあり、としてチェックしたのである。ただ、この場合でも疑いであって、それ以上のものではないので、これを取引の違法性の判断に用いるのは不当である。

2  日計りについては、現在、東京工業品取引所の貴金属の取引は手数料を半額にしてそれを奨励しているし、東京穀物商品取引所も平成一二年四月一日から日計り商いを積極的に導入している。また、欧米においても日計りは極めて日常的に行われている。

3  値段は常に上下しながらトレンド的に値上がりまたは値下がりするのであるから、途転は不可欠である。相場の妙諦は損切り途転にありという相場のプロもいるくらいである。

4  手数料化率とは一定期間の総預かり委託証拠金に対する手数料の割合という意味で、被控訴人や原判決の言うような、全損金に対する全手数料の割合という意味ではない。

5  両建は、新たな建玉であるから、手数料がかかることは誰でも分かる。まして、被控訴人の経験や取引への取り組み方からすれば、両建に新たな手数料がかかることは即座に分かることで、控訴人に右の点についての説明義務はない。

6  委託者は、入金する場合、その金員の入手経路を述べないのが普通であるし、出金を依頼する場合、その使途先(使用目的)を述べないのが普通であるので、控訴人は、被控訴人が借入れをしていることを知らなかった。

二  被控訴人の当審主張

1  本件における特定売買、手数料化率に関する評価は、商品先物取引に関する知識・経験に乏しい一般投資家が業界主導により反復して頻繁な売買を繰り返された場合における法的評価であり、取引の仕組み、危険性を熟知し、取引の手法に熟達している相場のプロや業界における評価と混同した議論は無意味である。

通産省、農水省が定めたチェックシステムが、取引の具体的経過を問わず、個別の取引の是非の判断ではなく、商品取引員のランク付けという行政指導目的のために制定されたものであるとしても、チェックシステムに定められた特定売買の比率が高かったり、売買回転数、手数料化比率が高い取引は、顧客にとって利益とならないとの認識は、平成七年七月四日最高裁判決をはじめとする幾多の判例によって確立されている。

2  日計りの手数料を半額とする取扱は、一般投資家の取引に対して日計りを奨励していることにはならない。日計りは、常に値段の動向を注視して利ざやを取りに行く注文を自らの積極的な意思で発することができる業者、機関投資家には意味があっても、商品取引員が取引における主導権を握る本件取引のような場合は、一般的には手数料稼ぎとのマイナスの評価を受けているのである。

3  一般投資家にとっては、値動きの境を読みとることはほとんど不可能である。相場の流れが変わる気配があれば、既存建玉を一旦決済して、しばらく様子を見ればよいのであって、途転をする必要はなく、一般には商品取引員が顧客に取引を止めさせないために、間断なく建玉を維持する方法としてマイナス評価がされている。

4  本件取引において被控訴人が預託した委託証拠金は一〇三二万七三七八円であり、売買手数料は一六六万七五〇〇円であるところ、原判決は手数料化率は一六・二パーセントと認定しているのであり、全損金との割合を認定しているのではない。

5  原判決は、「被控訴人が、勤務の都合上、詳しい説明を求める時間の余裕もなく、Bの説明をよく理解できなかったものの、これに応じることとした。」と認定しているものであって、手数料がかかることを知らなかったとの認定をしたものではない。

6  被控訴人が取引拡大に積極的でなかった経過、及び損失挽回のための取引をBが勧めている経過からして、被控訴人が証拠金の入手先を秘匿する必要はなく、むしろ本件では積極的に資金が借入れによるものであることを告げて、Bに大切に資金運用してほしい旨託したと認定するのが経験則に合致している。

7  原判決の「Cの貯金感覚等の説明もセールストークとして取引上許された域を超えるものではない。」との評価は誤りである。

商品先物取引の勧誘においては、貯金という文言の使用は厳に戒められている。先物取引の投機性、危険性に対する警戒感を鈍らせるものであるからである。投資という文言も適当でないとされている実務からすれば、元本保証をイメージさせる貯金との勧誘文言は明らかな違法勧誘である。

平成元年一一月制定の商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項には、「不適正な勧誘行為」として、「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘」をあげ、右は商品取引員の受託業務の適正履行業務に背くものであり、社会的信用の保持並びに委託者保護に欠ける行為として厳に慎むこととされている。右指示事項は、昭和四八年四月に行政当局の要請を受けて全国の商品取引所が定めた「(旧)商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」が改正されたものであるが、旧指示事項4には、「投機性等の説明の欠如」として、先物取引に関し、「投資」、「利子」、「配当」等の言辞を用いて、投機的要素の少ない取引であると受託者が錯覚するような勧誘を行うこと、というように具体的な説明が付されていた。現在の指示事項も旧指示事項の趣旨を引き継ぐものであることから、Cの勧誘は右取引所指示事項に反する不適正な勧誘に当たる。

8  原判決は、「被控訴人に対する年齢、収入、資力に対する調査も、直ちに本件取引の勧誘行為の違法を基礎づけるものとは解されない。」としているが、顧客カードの記載内容は、当該顧客の属性を記録するものであり、右に記載された年齢、収入、資力は、取引の適合性を判断する重要な資料となるものであるから、勧誘担当者が推測で記載することは許されない性質のものである。

社団法人全国商品取引所連合会が平成元年一一月に制定した「受託業務指導基準」のうち、受託業務管理規則の遵守として定めた「顧客カードの作成及び精査」において、「担当外務員は、商品取引を行うとする者についての顧客カードを作成し、管理担当班の責任者に委託者適性に関する審査を受けることとする。」と定められ、「①顧客カードは、当該責任者が適性に判断できる内容を具備していなければならない。②管理担当班の責任者は当該カードの精査の結果、その内容に即した指示を行うものとする。」とされている。また、「管理担当班の職務」として、「委託者の資金力、取引経験等からみて不相応と判断される売買取引の抑制」との定めがある。右からすれば、顧客カードの記載内容は委託者の取引が資力に不相応な過大取引とならないようにチェックするための重要な資料であることが明らかである。

Cの顧客カードの虚偽記載の事実は、Cが取引勧誘に当たり適正な危険性の告知を行ったか否かについて、Cの原審における証言の信用性判断にも重要な関連を有する。

Bも、顧客カードに被控訴人の実際の収入、資力等が記載されていた場合、二回目の追証時点(遅くとも平成九年一月初め)において新たな取引勧誘はしなかったと証言していることからしても、顧客カードの虚偽記載は、本件取引において取引量の拡大、損失の拡大につながった重要な要因というべきである。

9  右7、8の点からすれば、被控訴人の過失割合が五割を超えることはない。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の請求は、五六四万一三八七円及び内金五一四万一三八七円これに対する平成九年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余は棄却すべきものと判断するが、その理由は次のとおり訂正、付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

一  原判決三一頁四行目の「さらに」から八行目末尾までを削除し、四行目末尾の後に行を改めて、次のとおり加える。

「しかしながら、Cの貯金感覚等の説明は、パラジウムの先物取引が投機的要素の少ない取引であると被控訴人に錯覚させるような勧誘であって、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項((社)全商連決定事項)で、「商品取引員の受託業務の適正履行義務に背くものであり、社会的信用の保持並びに委託者保護に欠ける行為として厳に慎むこと。」とされている商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘に該当し、不適正な勧誘行為であるといわなければならない。」

二  同三一頁九行目の「直ちに」から一〇行目末尾までを、次のとおり改める。

「極めて不十分なものであり、顧客カードに被控訴人の年齢、年収、預金額などの点につき誤った記載がなされた。

ところで、控訴人の社内規則である受託業務管理規則で、担当外務員が顧客カードを作成し、管理担当班の責任者に委託者適性に関する審査を受けることと定められているが、この定めは、委託者の取引が資力に不相応な過大取引とならないようにチェックすることなどを目的として設けられているものである(甲三、原審証人B、弁論の全趣旨)。

しかるに、右のとおり顧客カードに誤った記載がなされたというのは、右受託業務管理規則に反する不適正なものといわなければならない。」

三  同三三頁三行目の「損金は」から四行目末尾までを、次のとおり改める。

「委託証拠金の総額は一〇三二万七三七八円、委託手数料は一六六万七五〇〇円であるから、投資額に占める手数料化率は一六・一パーセントとなり、」

四  同三三頁八行目冒頭から三四頁五行目の「余儀なくさせるものである。」までを、次のとおり改める。

「両建は、既存建玉に対応させて反対建玉を行うものであり、相場の変動によっては、手数料の負担をしても、両建をして相場の様子を見る必要が認められる場合もあるが、それは、例外的、緊急避難的なものである。両建をしてなお利益を得るには、相場変動を見極め、一方の建玉をはずす時期を的確に判断するなど、相当高度な商品先物取引に関する知識と経験を要するものであって、右の知識と経験を有しない者にとって、両建は、損失の拡大を防止して、後日その回復ができるかのような誤解を生じさせ、因果玉を放置しながら、片玉を仕切って利益が出たかのような錯覚をもたらす取引手法であり、委託者に新たな委託証拠金と手数料の負担を余儀なくさせるものである。」

五  同三五頁九行目の「手数料化率が」を「投資額に占める手数料化率が」と改める。

六  同三八頁の九行目の「手数料化率」を「投資額に占める手数料化率」と改める。

七  同三九頁五行目の「したがって」から四〇頁九行目末尾までを、次のとおり改める。

「そのため、商取法においては、顧客に断定的判断を提供して委託を勧誘することや、一任売買をすることを禁止し、受託者業務基準においても、委託者の十分な理解が得られないまま過度の取引を勧めること、委託者の意思に反しての同時両建または引かれ玉を放置しての両建等を勧めることを禁止している(商取法九四条一号、三号、取引所指示事項2(1)、甲二ないし五)。これらの規程の趣旨からすれば、商品先物取引の専門家である商品取引員及びその従業員は、商品先物取引についての知識と経験に乏しい者が、安易に商品先物取引をし、本人の予測し得ない大きな損害を被ることの無いように努めるべき高度の注意義務があるというべきであり、商品取引員及びその従業員が、右注意義務に反し、委託者の利益に優先して自らの利益獲得のために行動することは、違法性を有するといえる。

しかるに、控訴人従業員らは、本件取引において、右の注意義務を怠り、商品先物取引の知識、経験に乏しい被控訴人に対し、パラジウムの先物取引が投機的要素の少ない取引であると錯覚させるような勧誘を行い、顧客カードに不正確な記載をしたほか、短期間に被控訴人に多数回の反復売買をさせ、被控訴人の資金力を超えた範囲まで取引を拡大させたものである。これらからすれば、控訴人従業員らは、被控訴人の利益に優先して自らの利益獲得のために行動したものと言わざるを得ず、右控訴人従業員らの行為は、本件取引全体を通じてみた場合不法行為を構成する行為であると認めるべきであり、その使用者である控訴人は、被控訴人に対し、民法七一五条に基づく損害賠償責任があるというべきである。」

(当審主張に対する判断)

一  控訴人の当審主張1ないし3、5について

引用にかかる原判決の認定のとおり、特定売買がなされていることが、当該取引の違法性を直ちに基礎付けるものではなく、相場の変動によっては合理性を有することもあるが、通常は、特定売買は手数料の負担が増すだけで委託者にとっては意味のない取引であることを考慮すると、特定売買が本件取引のように極めて高い割合で行われ、投資額に占める手数料化率が低くなく、売買回転率が高いことは、特別の事情あるいは合理的理由のない限り、本件取引が、控訴人従業員らの誘導によってなされた無意味な反復売買であることを推認させるものというべきである。

控訴人は、「日計りはその手数料を半額とする等して奨励されている。」旨主張するが、日計りの手数料を半額とする取扱が、一般投資家の取引に対して日計りを奨励していることにはならない。引用にかかる原判決の認定のとおり、日計りは、新規に建玉し、同日内に仕切りを行うものであるから、常に市場の動向を注視する機関投資家などを除く一般的投資家にとっては、合理的理由がない限り、手数料稼ぎの徴表として評価しうるものである。

控訴人は、「途転は合理的な取引である。」旨主張するが、引用にかかる原判決の認定のとおり、途転は、建玉を仕切って、即日それと反対方向の建玉を行うことであり、これが無定見、頻繁に行われると、委託者の手数料負担を増加させるだけに終わるものであるから、手数料稼ぎの徴表として評価しうるものである。

控訴人は、「被控訴人は両建に手数料を要することを了解していたので、両建の勧誘は不当ではない。」旨主張するが、前記認定のとおり、両建は、既存建玉に対応させて反対建玉を行うものであり、相場の変動によっては、手数料の負担をしても、両建をして相場の様子を見る必要が認められる場合もあるが、それは、例外的、緊急避難的なものである。両建をしてなお利益を得るには、相場変動を見極め、一方の建玉をはずす時期を的確に判断するなど、相当高度な商品先物取引に関する知識と経験を要するものであって、右の知識と経験を有しない者にとって、両建は、損失の拡大を防止して、後日その回復ができるかのような誤解を生じさせ、因果玉を放置しながら、片玉を仕切って利益が出たかのような錯覚をもたらす取引手法であり、委託者に新たな委託証拠金と手数料の負担を余儀なくさせるものである。したがって、被控訴人が両建に手数料を要することを了解していたとしても、合理的理由がなく両建の取引がなされていることは、手数料稼ぎの徴表として評価しうるものである。

以上によれば、控訴人の右主張はいずれも採用できない。

二  控訴人の当審主張4について

弁論の全趣旨によれば、チェック基準にいう手数料化率とは、一定期間の総預かり委託証拠金に対する手数料の割合という意味であることが認められるが、前記認定のとおり、右の意味における手数料化率は一六・一パーセントと相当に高率であるということができる。

三  控訴人の当審主張6について

引用にかかる原判決の認定のとおり、控訴人において平成九年一月二三日以降委託証拠金の預入を猶予していることからすれば、控訴人が、被控訴人の借入れを知らなかったとは認め難いので、控訴人の右主張は採用できない。

第四結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺本榮一 裁判官 内田計一 裁判官 倉田慎也)

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